「あの子には一切遺産を渡したくない!」
将来、自分の相続人になる人の中に、そのような人がいることがありますね。
そのような場合には、その相続人には一切財産を分けない内容の遺言を書くことを考えると思います。
ところが、遺言を書いても、遺留分の問題が発生します。
遺留分を請求されれば、最低限の取り分とは言え、遺産の一部を渡さざるを得ません。
そのため、「遺留分も渡さないようにできる方法はないだろうか」という質問もよく聞かれます。
そこで今回は、「相続開始前の遺留分の放棄」という制度について説明します。
相続開始前に遺留分の放棄ができる
さて、相続開始前に遺留分を放棄する制度なんて本当にあるの?と思った人も多いでしょう。
相続開始前の相続放棄はできません。
相続される人が生きている間に将来の相続を放棄する手続は法律上存在しないのです。
このことから考えると、遺留分の放棄もできなさそうですよね。
しかし、相続開始前に遺留分の放棄は可能なのです。(民法1049条1項)。
一方、遺留分権利者となる可能性のある人の中には、「将来の遺留分を確実に確保しておきたい」と考える人もいるかと思いますが、相続開始前に遺留分を保全することはできません。
なぜなら、相続開始前は遺留分権利者は具体的な請求権を有していないからです。
遺留分を放棄するとどうなる?
さて、相続開始前に遺留分を放棄する制度があるとわかったなら、この制度を利用したいと考えるかと思いますが、放棄したとして相続の時にどう影響してくるかも気になりますよね。
そこで、この制度にのっとって遺留分を放棄させると、どのような影響が出るか以下に説明します。
具体的には以下の4つです。
①遺留分を侵害する遺贈や贈与があっても、遺留分を放棄した人は、遺留分侵害額請求をすることができなくなる。
②遺留分を放棄しても、遺留分を放棄した人が相続人となることには変わりはない。
③遺留分を放棄した人の代襲相続人も遺留分が無いことになる。
④他の相続人の遺留分は増加しない。
①は、遺留分を放棄してしまっているから当然ですよね。
②は意外に思われたかもしれませんが、遺留分を放棄しても依然として相続人であることには変わりません。
相続そのものを放棄したわけではないからです。
つまり、書かれていた遺言が無効だったり、相続人全員で「遺言でなく遺産分割協議をしよう」という話になった場合には、遺留分を放棄していても遺産分割協議に参加でき、遺産をもらえるのです。
③遺留分を放棄していた人が、本来被相続人となるはずだった本人より先に亡くなった場合、遺留分を放棄していた人(被代襲者)の子が代襲相続人として、本人の相続人になります。
が、代襲相続人は、被代襲者の有していた権利しか取得できないので、子である代襲相続人も遺留分を請求することはできません。
つまり、自分が遺留分を放棄すると、子にも影響がある、というわけです。
④については、がっかりする相続人もいるかもしれませんが、複数いる相続人の内の1人又は数人が遺留分を放棄しても、遺留分を放棄しなかった他の相続人の遺留分が増加することはありません。
ここで1点、遺留分を放棄する人について注意事項があります。
相続開始前に遺留分を放棄したけれども贈与を受けていた場合です。
このとき、他にも遺留分権利者がおり、他の遺留分権利者が遺留分減殺請求をした場合、この受けた贈与が侵害額請求の対象となる、というところです。
自分は放棄してしまったから遺留分を請求できないけれども、他の遺留分権利者から侵害額請求されてしまうという可能性があるのです。
相続開始前の遺留分放棄の方法は?
では、遺留分放棄の手続について説明します。
遺留分の放棄は、相続される人の住所地を管轄する家庭裁判所に申し立てて行います。
家庭裁判所の「許可」が出ない限り、遺留分を放棄することはできません。
もとい、遺留分を放棄させることはできません。
遺留分放棄の申立てができるのは、遺留分の権利を有している人です。
相続される人が申し立てることはできません。
家庭裁判所の許可制としたのは、無制限に放棄を認めると被相続人(相続される人)が威圧して遺留分権利者に放棄を強要させることができてしまうからです。
つまり、権利の濫用を防ぐためなのですね。
結局、遺留分を放棄してほしい、と考えている側は、遺留分権利者となる人に遺留分放棄の申立てをしてくれるよう、お願いするしかない、というわけです。
「遺留分をあらかじめ放棄させたい」と考えるケースは、ほとんどの場合、相当に家族間の仲がこじれているときですから、なかなかに高いハードルです。
幸いにして、相手が遺留分放棄の申立てに同意し、申し立ててくれたとして、もう一つハードルがあります。
それは実際に「家庭裁判所が遺留分放棄を許可してくれるのか」というところです。
遺留分を放棄してもらうには代償がいる
遺留分の放棄につき、家庭裁判所は
「権利者の自由意思、放棄理由の合理性・必要性、放棄と引換えの代償の有無などを考慮して許否を判断し、相当と認めるときは、許可の審判をする」
としています(家事法216条1項2号)。
遺留分権利者が自分の自由な意思で申し立てたのか、というところも見られますが、代償の有無も重視されます。
「代償」とは、つまり、遺留分を放棄する代わりに、何か贈与していないのか、というところです。
代わりのものを何もあげないで、遺留分を放棄してもらおうとすると、家庭裁判所もなかなか認めてくれない、というのが実情のようです。
「遺産を1円でもあげたくない」
と考えて、あらかじめ遺留分を放棄してもらおうとしても、放棄を許可してもらうためには結局何かしらあげなくてはならない、ということなのです。
こうして見ると、制度はあるけれど、仲が悪い家族にとっては非常に使いにくい・現実的ではない制度である、ということがわかりますね。
それだけ遺留分権利者を保護しよう、という法律を作った人の意図が見えます。
以上、今回は相続開始前の遺留分放棄についてご紹介しました。
「なんだ、結局ウチには使えないじゃないか」とがっかりする声が聞こえてきそうですが、制度としてはある、ということは知っておいて損はないかと思います。