妻に自宅を残す方法 ― 持ち戻し免除の意思表示の推定とは

「自分の死後、妻がずっと自宅に住めるようにしておきたい。」
「財産の内容と息子たちの性格からすると、遺産を分割するのに自宅を売却しなければならないかもしれない。でも、高齢になった妻の住む場所が無くなってしまうのは困る。」
「遺言を書いて、自宅を妻に渡すようにするか、それとも改正でできた配偶者居住権を使うか・・・。」

悩ましいですね。

最近の週刊誌の記事で、「配偶者居住権」という言葉をよく目にしているかもしれませんが、配偶者居住権が創設されたのと同時に「持ち戻し免除の推定規定」が創設されたのは、ご存知でしょうか?

もしかすると、自宅を妻に確実に残すには、配偶者居住権を使うより、こちらの「持ち戻し免除の推定規定」を利用する方がいいかもしれません。

今回は、この「持ち戻し免除の推定規定」について説明したいと思います。

持ち戻し免除の推定規定とは?

持ち戻し免除の意思表示の推定規定(民法903条第4項)とは、
婚姻期間が20年以上の夫婦の一方が、他の一方に対し居住用の建物または敷地を遺贈または贈与した場合、特別受益の持ち戻しを適用しない旨の意思を表示したものと推定する。」
というものです。

婚姻期間の長い夫婦の一方が、他方に対して居住用不動産(自宅)の贈与等をする場合には、通常それまでの長年の貢献に報いるとともに、その老後の生活の安定を図る趣旨で贈与される事情があります。

相続税法上においても、配偶者に対する贈与に対しては、贈与税の特例制度が設けられています。

相続税法上の贈与税の特例制度は、婚姻期間が20年以上の夫婦間で居住用不動産(自宅)の贈与が行われた場合において、基礎控除に加えて最高2000万円の控除を認めるというものであり、配偶者の死亡により残されたもう一方の配偶者の生活について配慮するものです。(相続税法21条の6)

そもそも「持ち戻し」とは?

そもそも「持ち戻し」とは、なんでしょうか?

下の図を見てください。
遺産分割をするときは、相続開始後に残っていた財産だけでなく、生前にした贈与(特別受益と言われるもの)も含めて話し合います。
そうでないと、生前に贈与で財産を貰った相続人と、生前に何も貰えなかった相続人の間が不公平になるからです。
この生前に貰った贈与分を遺産に含めて遺産分割をすることを「持ち戻し」と言います。

ところで、この生前贈与の「持ち戻し」は、すべての生前贈与についてしなければならないわけではありません。
遺産を残した人が、「あの時した生前贈与は、遺産分割の時に持ち戻しを免除します」と、遺言などで意思表示をしていれば、持ち戻さなくていいのです。

ただ、わざわざこのような意思表示を残している人は、滅多にいませんよね。

そこで、改正で、夫婦間の居住用不動産の贈与がされていた場合には、わざわざそのような意思表示をしていなかったとしても、そのような意思表示が「あった」と推定されることになったのです。

つまり持ち戻し免除の推定規定が適用されるということは?

では、持ち戻し免除の推定規定が適用されると、遺産分割がどうなるのでしょうか?

例を挙げて、説明しましょう。

亡くなったのは、夫。
相続人は妻と長男・長女の二人の子です。
生前贈与などはしていなかったので、遺産は、自宅土地建物と預貯金です。

と、なれば当然、自宅と預貯金を妻、長男、長女の3人で遺産分割することになりますね。
預貯金が自宅の評価額に比べて大分少なく、遺産分割協議で長男・長女が「自宅を売ってでも法定相続分で分けてほしい!」と言ってきた場合には、自宅を売らざるを得ません。

では、夫が生きている間に、自宅の土地建物を妻に贈与していた場合はどうでしょうか。
自宅土地建物の評価額が2000万円以下であれば、贈与税の特例もあるので、贈与税もかからずに妻に贈与ができます。
ただし、不動産を生前贈与する場合には、妻に不動産取得税がかかり、所有権移転登記の登録免許税が相続登記の5倍かかることには注意してください。

 

自宅は既に妻のもの。
持ち戻し免除の推定規定により、贈与された自宅は遺産分割の対象に含めません。
つまり、預貯金のみを妻、長男、長女の3人で遺産分割すればよいのです。
妻はそのまま自宅に住み続けられます。

持ち戻し免除の推定規定を使うにあたっての注意点は?

さて、持ち戻し免除の推定規定を使う場合についての注意点を挙げたいと思います。

まず、一番大事な要件は「婚姻期間20年以上」です。

・「婚姻期間20年以上」
⇒起算日は「戸籍上夫婦になった日」。
結婚式を挙げた日、同居開始日ではないことに注意してください。


・いつの時点で居住している必要があるのか?
⇒遺贈または贈与された時点で居住している必要あり。

ただし、遺贈または贈与された時点で現に居住していなかった場合でも、近い将来居住する目的があったと認められる場合には、この要件に該当すると解釈される可能性はあります。

 

・配偶者へ居住用不動産を購入する資金を贈与した場合にも適用になるのか?
 ⇒原則適用になりません。

ただし、贈与税の配偶者控除の特例では自宅その物だけでなく、自宅の購入資金を贈与する場合も適用対象になっているため、同特例の適用を受けている場合などには、この規定の適用を受けられる可能性はあるかもしれません。


・複数の不動産を贈与した場合、すべての不動産に適用される?
 ⇒同一配偶者に対し、一生に一度しか適用できないとされています。
つまり、贈与できる自宅は一つだけ。

・居住用不動産の贈与、遺贈時に、婚姻期間20年以上であることを要する。
⇒例えば、婚姻後5年目のときに贈与され、相続開始時に婚姻期間が20年以上になっていたとしても、この規定は適用されません。

・施行日(令和元年7月1日)前にされた遺贈又は贈与については適用されません。
令和元年7月1日より前に、すでに妻に自宅を贈与してしまった方は、遺言で「持ち戻しを免除する」と書いておきましょう。

以上、今回は、持ち戻し免除の推定規定について説明しました。
どうでしょう?
あなたの場合には、この推定規定はうまく使えそうでしょうか?
配偶者居住権などと比べて、検討してみてくださいね。

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