近年、銀行などの金融機関で「遺言信託」とか、「〇〇信託」「〇〇トラスト」と書かれたチラシや広告を見かけることが多いかと思います。
資産承継に関心がある方は実際にパンフレットをもらったり、銀行の相談会に行ったことがあるかもしれませんね。
ところで、こうした金融機関が使っている「遺言信託」と言う言葉は、信託法上の「遺言信託」とは全く意味も内容も違うことはご存知でしょうか?
さらに、これに似た言葉で「遺言代用信託」という言葉も聞いたことはありませんか?
「遺言代用信託」は「遺言信託」という言葉を省略したものではなく、これもまた意味・内容が異なる言葉です。
では、何がどう違うのでしょうか?
今回は、法律上の「遺言信託」と「遺言代用信託」、金融機関の使っている「遺言信託」の意味と内容の違いについて説明したいと思います。
そもそも「信託」とは何?
一言で言うと、信託は財産管理の形態の一つです。
自分(「委託者」と言います)の財産を信頼できる第三者(「受託者」と言います)に自分の財産を預け(財産権を移転し)、自分(委託者)が決めた目的に沿って、第三者(受託者)が預かった財産を管理・処分することなのです。
例えば、自分の所有しているアパート一棟と賃借人から預かっている敷金などを、自分が信頼している人(受託者)に預け、その人(受託者)にアパートの管理や賃借人の契約更新、退去時の敷金の返還など全て任せ、必要経費を差し引いた賃料を自分の口座に振込んでもらう、と言ったことです。
上記の例だと不動産の管理会社に似ているな、と感じるかと思いますが、信託の受託者は、委託者の財産権の移転を受けており、委託者の賃貸人の地位を引き継いでいるところが不動産の管理会社と異なります。
「遺言代用信託」とは?
「遺言代用信託」とは、一言で言うと、信託を「遺言代わりに使う」ものです。
遺言は自分の遺産を誰に渡すかを書いておくものですね。
財産を誰に渡すかを遺言に書くのではなく、信託契約書の条項の中に定めておく(書いておく)のが、「遺言代用信託」なのです。
もう少し詳しく言うと、自分が亡くなった後の「受益者」(信託の利益を受取る人)や信託終了後の残余財産の「帰属権利者」(つまり残余財産を受取る人)を信託契約書の中に書いておくことです。
信託では、死亡後の受益者や、信託契約終了後の帰属権利者を定めておけるために、こういったことができるのです。
法律上の「遺言信託」とは?
法律上の「遺言信託」とは、遺言書によって設定する「信託」です。
生前に話し合って信託契約を結んでおくのではなく、遺言の中に信託することを書いておくわけです。
具体的には、遺言書の中で受託者を指名し、
①受託者に対し、財産の譲渡、担保権の設定その他の財産の処分をする旨
②受託者が一定の目的に従い財産の管理又は処分及びその他のその目的の達成のための必要な行為をする旨
を定めておきます。
遺言書に寄って信託が設定されているので、受託者として指名された人は、遺言した人の相続人や遺言執行者から信託の引受けをするかどうかを聞かれて、受託者として指定されていることを初めて知ることもあります。
「自分が死んだときにはよろしく!遺言に書いておいたから」と言われていれば、心構えができているかと思いますが、そうでない場合はちょっと困りますね。
では、いきなり「遺言に書いてあったので、この財産の管理とか処分とか、この通りにお願いしますね。」と言われて拒否はできないのでしょうか?
大丈夫です。
引受けは義務ではないので、引受けを断ることができます。
引受けを断られたら、遺言した人の相続人や遺言執行者などの利害関係人は、裁判所に申し立てて別な受託者を選任します。
金融機関の言う「遺言信託」とは?
銀行などの金融機関が取り扱っている「遺言信託」というサービスは、上記で説明した法律上の「遺言信託」とは全くの別物です。
金融機関の「遺言信託」は一言で言い換えると「遺言書の作成・保管を銀行に信用して任せるサービス」です。
「信用して任せること」を「信託」と言っているだけです。
もう少し具体的に言うと、ほとんどの金融機関の遺言信託のサービス内容は、「公正証書遺言の作成サポート+遺言書の保管+遺言執行」です。
遺言書の内容の中に信託のことを書くわけではありません。
つまり、遺言書作成の相談と遺言執行を、弁護士、司法書士、行政書士などの法律専門家に依頼するのではなく、依頼先を銀行にするだけのことと言ってよいでしょう。
遺言信託を扱う一方で、金融機関では、法律上の信託商品(商事信託)も取り扱っており、「〇〇トラスト」など、様々な商品名でサービスを売り出しています。
そのため、遺言書の作成保管サービスなのか法律上の信託なのか、一見よく分からないことが多いと思います。
金融機関のサービスの利用を検討する場合には、パンフレットの内容をよく確認しましょう。
知らずに契約する人が多いので説明を添えますが、通常、公正証書遺言を作成した場合、遺言書の原本は公証役場で無料で保管されます。
作成時に公証役場で受取った遺言書の正本・謄本を紛失したとしても、所定の手数料を支払えば、公証役場でいつでも謄本を再発行してもらえます。
ところが金融機関の遺言信託サービスを使うと、ほとんどの場合、遺言書の保管料を取られます。
「遺言書の正本や謄本を自宅に置いておきたくないから銀行に預けておきたい」、という事情があるなら別ですが、そうでない場合には、遺言書を銀行に預ける必要があるのかないのか、よく検討したうえでサービスを利用してくださいね。
まとめ
以上になりますが、「遺言代用信託」、「法律上の遺言信託」、「金融機関の遺言信託」の違いがお分かりいただけたでしょうか。
法律上の遺言信託は、第三者に財産権を移転して、一定の目的に従ってその財産の処分・管理をさせることを遺言の中に書いて設定しておくこと。
金融機関の遺言信託は、遺言の作成・執行を信用して任せること。
「全然違う」ということを是非知っておいていただければと思います。