妻に自宅を残す方法その2 — 配偶者居住権とは?

40年ぶりの民法大改正で創設された「配偶者居住権」。
どのようなものなのか、未だよくわかっていない方もいらっしゃるのではないでしょうか?
今回は、この配偶者居住権について説明したいと思います。

配偶者居住権とは?

配偶者居住権とは、被相続人の配偶者は、仮に建物の所有者が変わったとしても、終身又は一定期間という比較的長期の間、無償で被相続人が所有していた建物に住み続けることができる権利のことです。

「配偶者短期居住権」という短期の居住権も同時に創設されましたが、先に配偶者居住権の内容について説明したいと思います。

さて、なぜ今回の改正でこのような制度が設けられたのでしょうか?
このような制度を設けた趣旨を一言で言うと、「被相続人が死亡した後の配偶者の保護」です。
ご存知の通り、平均寿命は大変伸びました。90歳、100歳前後まで生きられる方も珍しくありませんよね。
これに伴い、夫婦の一方が亡くなった後、残されたもう一方が長期間に渡って生活し続けることも多くなりました。
となると、住み慣れた家に継続して住み続けると同時に、生活資金の確保も必要になってきますよね。

現在は、年老いた親とは同居しないケースはよくあることです。
また、各相続人が法定相続分をきっちり請求することも多いです。
が、遺産を法定相続分で分けると、年金だけで生活する年老いた親にとってはなかなか厳しい状況になることも。
遺産を構成する財産が、自宅不動産の価値は高いけれども、預金が少ないというケースはよくある話です。

改正前の状況の例をざっくりと下記の図に示します。
夫が亡くなり、遺産は自宅が2000万円、預金が2000万円。合計で遺産は4000万円です。相続人は妻と子二人とします。法定相続分は妻2分の1、子はそれぞれ4分の1です。
子二人は、権利があるから法定相続分通り欲しいと主張。妻は、そのまま住み慣れた家に住み続けたいと主張しました。
自宅の価値が2000万円ですから、妻が家を貰うと、お金は子二人が相続することになりますね。
まだまだ元気だから長生きしそうだし、収入は年金しかないから、今後のためにお金も貰いたかったのだけど、と妻が思っても叶わないわけです。

では、配偶者居住権を使うとどうなるのでしょうか?
配偶者居住権を設定すると、一つの自宅を「居住権」と「所有権」の2つに分けます。
(居住権及び所有権の評価額を出す計算式があるのですが、ここでは理解していただくために、ざっくりしたイメージをあげておりますので、以下の説明の評価額は仮のものです。)

例えば、配偶者居住権を設定すると、評価額2000万円の家が、1000万円の居住権と1000万円の所有権になります。
妻が自宅の居住権を取得し、長男が所有権を取得します。
本来であれば分けられない自宅を、分けて取得する格好になるわけです。
この時点で妻は1000万円の評価のものしか貰っていないので、預金の2000万円を長女と分けることができます。
結果として、妻は住まいとお金を確保できるわけです。

つまり、配偶者居住権とは、残された配偶者の
① 住み慣れた住居の居住権の確保
② その後の生活資金を確保
この二つを同時に実現するために設けられた制度なのです。

配偶者居住権の成立要件

ところで、配偶者居住権を設定するためには、決められた成立要件を満たさなければなりません。
ここでは、成立要件についてみていきたいと思います。

【成立要件】
① 配偶者が、相続開始時に遺産である建物に居住していたこと
「配偶者」とありますが、戸籍上の配偶者ではない内縁の妻や内縁の夫は含まれないので注意が必要です。
「相続開始時に居住していたこと」が必要なので、老人ホームなどに入居していて生活の本拠が移っていたら成立しません。
ただし、一時的に病院に入院していた場合や、一時的に老人ホームに入所していただけである場合は成立します。

② 建物が、被相続人の単独所有もしくは配偶者と共有であること
建物が、被相続人、配偶者以外の第三者と共有であった場合には成立しません。

どのような共有関係だと成立しないのか、図と併せて例を挙げて説明します。
・土地が父子で共有、家は父の単独所有である場合、配偶者居住権は成立します。

・土地が父子で共有、家は父母の共有である場合も、配偶者居住権は成立します。

・土地が父子で共有、家も父子で共有の場合には、配偶者居住権は成立しません

③ 配偶者居住権を取得させる旨の遺贈(遺言による贈与)、死因贈与契約、遺産分割協議がなされていること
もしくは、家庭裁判所の審判で配偶者居住権が認められたこと

ただし、遺言で取得させる場合、書き方に注意してください。
「妻に配偶者居住権を相続させる」ではなく、「妻に配偶者居住権を遺贈する」と書きましょう。
なぜなら、「相続させる」と書いてしまうと、妻が配偶者居住権の取得を希望しない場合、この配偶者居住権の取得だけ個別に拒否することができなくなってしまうからです。

配偶者居住権の存続期間

配偶者居住権の存続期間は、基本的には配偶者が亡くなるまで。つまり終身です。

しかし、存続期間を一定の期間を区切って定めることもできます。

具体的な方法としては、遺産分割協議で話し合って期間を決める、遺言で別段の定めをする、家庭裁判所による審判で定めることになります。
ただし、存続期間を設けた場合、期間終了後に延長をすることはできません
所有者との間で合意があったとしても延長や更新は認められないのです。
ただし、配偶者居住権とは別に、使用貸借・賃貸借契約を、所有者と妻の間で締結することは可能です。

ここで、存続期間の記載例を挙げておきます。
【存続期間の記載例】

「存続期間 配偶者の死亡時まで」
「存続期間 〇年〇月〇日から〇年〇月〇日まで又は配偶者居住権者の死亡時までのうち、いずれか短い期間」
ここで一点注意があります。
上記のような記載はできるのですが、「配偶者が再婚したら消滅」といったような条件を付けることはできません。

配偶者居住権は登記が必要

配偶者居住権は登記が対抗要件です。
登記をしなければ、居住建物について、所有権、地上権、抵当権などを取得した第三者に対抗できません

つまり、居住建物を引渡し、単に妻がそこに住んでいるだけでは、第三者に対し配偶者居住権を持っていることを主張できないのです。
※ もともと建物に抵当権が設定されていた場合には、配偶者居住権を設定しても、抵当権に基づき競売された場合には、明け渡し請求を拒むことはできません。

登記は、原則として配偶者と居住建物の所有者の共同申請です。

家庭裁判所の調停や審判で配偶者居住権が認められた場合は、配偶者が単独申請できます。
ただし、その前提登記として、相続登記が必要になります。

登記が共同申請、ということから、ここで一つの問題が出てきます。
例えば、相続人が前妻の子と後妻である場合に、後妻の住む場所を確保しようと、遺言で後妻に配偶者居住権を遺贈したとします。
この場合に、前妻の子と後妻が仲が悪いと、前妻の子に登記手続に協力してもらえない可能性が出てくるのです。

ただし、被相続人が、遺言書の中で、配偶者居住権の設定について配偶者本人を遺言執行者にしておき、かつ、登記に関する権限を付与しておけば、遺言執行者が単独で登記申請できます。
つまり、遺言で配偶者居住権を遺贈する場合には、遺言の中で遺言執行者を指定しておくことが必要なのです。

配偶者居住権の効力など

次に、配偶者居住権の効力などについてみていきたいと思います。

① 居住建物の「全部」を「無償」で「使用及び収益」できます。
例えば、一階がパン屋などの店舗だったりした場合にも、店舗部分も含めて建物全体を使うことができるわけです。
所有者の承諾が得られれば、建物を第三者に賃貸したり、飲食店を営業することも可能です。

② 配偶者居住権は、譲渡できません
配偶者居住権を設定することを考えた際、一番注意すべき点はここです。
制度が作られた趣旨が「配偶者の住まいの確保」であるわけですから、配偶者以外の第三者に居住権を売ることはできないのです。
配偶者の方から所有者に対して、一方的に「配偶者居住権を買い取ってくれ」と言う事(買取請求権)も、認められていません。
(ただし、配偶者と所有者の間で合意ができれば買い取ってもらうことは可能です。)
配偶者居住権に抵当権を付けるなどの担保提供もできません。
つまり、配偶者が老人ホームなどの施設に入るのに、お金が足りないからと自宅売却して、その代金を施設入所費用にあてたいなと考えてもできないのです。
このような理由から、将来、老人ホームに入ろう、自宅を売却しよう、と考えている場合には、配偶者居住権を設定してはいけないのです。

③ 所有者の承諾を得れば建物の改築・増築ができます。
使用・収益に必要な修繕もできます。

④ 通常の必要費は、配偶者居住権を取得した配偶者が負担します。
通常の必要費とは、建物や敷地の固定資産税、修繕費、火災保険料などです。
固定資産税の納税通知書そのものは所有者に届きますが、実際に自宅に住んでいるのは配偶者ですから、固定資産税の負担は配偶者がすべきものになります。

配偶者居住権の消滅原因

それでは、配偶者居住権が消滅するのはどんなときでしょうか。
消滅原因を下記に挙げます。

① 配偶者の死亡
配偶者のために設定するものですから、配偶者が亡くなれば当然に配偶者居住権は消滅します。

② 存続期間の満了(期間を定めた場合)

③ 居住建物の全部滅失等
例えば、火事で焼失してしまった場合などですね。

④ 配偶者による居住建物の所有権の取得
例えば、建物の所有者から所有権を買ったとか、贈与された場合です。

⑤ 配偶者居住権の放棄・合意解除
配偶者と建物の所有者の間で合意ができれば配偶者居住権を解除することができます。
放棄する場合は、単に建物から配偶者が「退去」しただけでは放棄になりません。「放棄」という明確な意思表示が必要になります。
配偶者が認知症などで判断能力を喪失した後に、事情により放棄や合意解除をする場合には、配偶者の代わりに配偶者の後見人が放棄又は合意解除することになります。

⑥ 居住建物の所有者による消滅請求
配偶者が善管注意義務に違反した場合、無断で第三者に使用収益させた場合、無断で居住建物を増改築した場合などにおいて、相当の期間内に是正がなされないときは、所有者は配偶者に対して消滅の意思表示をして配偶者居住権を消滅させることができます。

配偶者居住権の消滅原因による課税関係

配偶者居住権にかかる課税関係もチェックしておきましょう。

① 存続期間の満了
遺産分割協議や遺言などで定めた存続期間が満了した場合、みなし贈与課税はないとされています。

② 配偶者の死亡
配偶者の死亡とともに、配偶者居住権は消滅してしまうので、居住権が相続されることはありません。
したがって相続税も課税されません。

③ 居住建物の全部滅失等
火災や災害などで建物が無くなってしまった場合、みなし贈与課税はないとされています。

④ 配偶者による居住建物の所有権の取得
課税はないだろう、と言われています。

⑤ 配偶者居住権の放棄・合意解除
配偶者居住権を放棄・合意解除にあたり、所有者から配偶者にどのようにその対価が支払われたかによって税金が変わります。

無償で配偶者居住権を放棄・合意解除した場合 → 所有者に贈与税がかかります。
放棄・合意解除するにあたり所有者かは配偶者に適正対価の支払いがあった場合 → 配偶者に譲渡所得税が課せられます。
所有者が配偶者に対し、著しく低い対価を払うなど、適正対価の支払いが無かった場合 → 贈与税がかかります。

⑥ 居住建物の所有者による消滅請求
所有者から配偶者に対し、配偶者居住権の消滅請求をした場合、贈与税がかかります。

その他補足

・ 配偶者居住権を設定しても小規模宅地等の特例の適用を受けることはできます。
配偶者居住権に基づく敷地利用権、配偶者居住権が設定された敷地等、ともに適用対象になります。

・小規模宅地の特例「特定居住用宅地等」の330㎡の面積制限は、対象宅地等を、配偶者と子の価格(相続税評価額)で按分します。

・配偶者居住権の設定登記にかかる登録免許税は居住建物の価格(固定資産税評価額)に対し、1000分の2です。

配偶者短期居住権

配偶者短期居住権は、被相続人の建物に相続開始時に無償で居住していた場合、一定の期間、居住建物について無償で使用する権利を得られるものです。
配偶者短期居住権は、長期の配偶者居住権と異なり、要件を満たせば自動的に取得できます。
長期の配偶者居住権と異なり、財産的価値はありません。

ここで、「一定の期間」とは、どういうことか説明したいと思います。
①居住建物について配偶者を含む共同相続人間で遺産分割をすべき場合
「遺産分割により居住建物の帰属が確定した日」又は、「相続開始の時」から、6か月を経過する日のいずれか遅い日までになります。

もしくは、
②居住建物の取得者が、配偶者短期居住権の消滅を申し入れた日から6か月を経過する日までとなります。

以上、今回は、配偶者居住権についてご説明しました。
配偶者居住権を設定してしまうと自宅建物を売却できない、途中で放棄や合意解除をすると思わぬ税金がかかってしまうことなど、いくつか注意点があることもおわかりいただけたでしょうか?
もし、配偶者居住権を設定しようと考える場合には、果たしてご自身の家族の場合には居住権を設定して後々困ることにならないかどうか、よく検討してから決めていただければと思います。

 

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