令和元年7月1日から、遺留分の制度が変わっていることは、ご存知でしょうか?
まず、制度名が「遺留分減殺請求」から「遺留分侵害額請求」に変わっています。
「最低限の遺産の取り分を、遺産を多く貰った人から取り返せることは変わらないのよね?」
確かに、その点では変わりはありません。
ただし、その中身は大きく変わっているのです。
今回は、遺留分の制度の改正前と改正後の違いについて説明したいと思います。
遺留分減殺請求(改正前)と遺留分侵害額請求(改正後)の違い
では、変わった点は何でしょうか?
改正前(遺留分減殺請求)
遺留分減殺請求により、すべての遺産が、請求した相続人と遺産を多くもらった人との間で共有になりました。
また、遺留分を侵害した限度で、贈与や遺贈、相続分の指定は失効していました(共有状態になるため)。
すべての遺産が共有になるので、遺留分を請求した側は、特定の財産(例えば、土地の一部や預金の一部など)を選択して請求することはできませんでした。
遺留分を請求された側は、共有状態を解消するために、遺留分に見合う金銭を価格弁償できました。
払えるだけのお金が無ければ、不動産や自社株などは、そのまま共有状態が続く、というわけです。
共有状態になると、特に会社を引き継いだ後継者は、その後の会社の運営に困っていたのです(事業承継に支障)。
改正後(遺留分侵害額請求)
遺留分を請求されても、遺産が共有になることはありません。
遺留分を侵害している額に相当する金銭の支払いを、遺産を多く貰っている人に請求することができるだけです。
金銭請求権であるので、遺留分侵害請求としての金銭支払請求を受けた後は、支払が完了するまで遅延損害金が発生します。
(遅延損害金は、遺留分を請求した時から発生します。)
遺産が共有になることがないため、贈与や遺贈、相続分の指定などの効力は失効しません。
つまり、遺言書に書いた特定の目的物を特定の相続人や第三者にあげたいという遺言者の意思は守られるわけですね。
さて、遺産が共有にならないのは良かったですが、一つ困ったことが出てきました。
いざ遺留分を支払おうと思っても、払うだけのお金が無いことがありますよね。
改正前は、お金が無ければ、不便でも共有状態のままにしておくことができました。
ところが、改正後は、原則として、侵害した分はお金でしか払えません。
払うのが遅れれば遅れるほど、遅延損害金が発生してしまいます。
「お金はないけど物ならあるから」と、金銭の支払いに代えて、他の遺産(例えば土地)を譲渡した場合には、代物弁済に該当し、譲渡所得税が課税されてしまうのです。
つまり、遺言が遺留分を侵害した内容であるならば、遺産を多く貰う人が遺留分に相当するお金を払えるように、遺言を書いた人が考えておく、対策を取っておくことが、より重要になったのです。
ちなみに、遺留分侵害を裁判所で争い、「いくら払え」と裁判で確定したけれども「すぐには払えません」と申し出れば、事情によっては裁判所が、支払期限を多少猶予することもあります。
遺留分算定方法の見直し
遺留分の算定方法も改正前と改正後では変わっています。
遺留分の計算は、
まず、基礎の財産となるものの計算式は、
相続発生時の遺産の額+贈与された財産の価格-相続債務の全額=基礎となる財産の額
になります。
個別の遺留分の計算式は、
基礎となる財産の額×遺留分率×遺留分を主張する人の法定相続割合=遺留分
個別の遺留分侵害額は、
遺留分-(遺留分権利者が受けた生前贈与などの額+遺産分割対象財産がある場合には遺留分権利者の具体的相続分に相当する額)+遺留分権利者が承継する相続債務の額=個別の遺留分侵害額
となります。
問題となるのが基礎となる財産に加える「贈与された財産」です。
改正前
改正前の基礎財産に加える「贈与された財産」は下記の図のようになっていました。
対象者 | 意図 | 算定基礎財産に算入する贈与 |
相続人以外への贈与 | 損害を与える意図なし | 相続開始前1年間のみ |
損害を与える意図あり | (時期を問わず)全て | |
相続人への贈与 | ― |
相続人の贈与には時期的な制限が設けられていなかったため、遺留分を主張する人が、遺留分算定の基礎財産を算定することが大変でした。
時期を問わないので、何十年も前の贈与も算入されたのです。
とはいえ、何十年も前の贈与を立証するのも大変ですし、何十年も前のものを現在の価値に置き換えて基礎財産に算入されるので、払う側も大変でした。
改正後
相続人への贈与は、原則相続開始前10年間のものだけが、遺留分算定の基礎財産に算入されることになりました。
期限が区切られたわけですね。
対象者 | 意図 | 算定基礎財産に算入する贈与 |
相続人以外への贈与 | ― | 相続開始前1年間のみ |
相続人への贈与 | 相続開始前10年間のみ | |
― | 損害を与える意図あり | (時期を問わず)全て |
ただし、損害を与える意図があった場合には、相続人に対するものでも相続人以外に対する贈与でも、期間制限なくすべて遺留分算定の基礎財産に算入されますので、注意が必要です。
ちなみに「損害を与える意図」があったかどうかは、遺留分を主張する側に立証責任があります。
ところで、混乱しがちな注意点が1点あります。
個別の遺留分の金額を算定する際に、遺留分から引く、「遺留分権利者が受けた生前贈与などの額」については、10年間という限定はありません。
ですので、計算する際は十分注意しましょう。
権利行使の期間
遺留分侵害額請求権の行使は、遺留分を主張する人が相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈を知ったときから1年間、相続開始の時から10年間になります。
遺留分を主張する人が、取得した金銭債権を行使することができるのは、遺留分侵害請求権を行使したときから5年間です。
遺留分侵害額の負担方法
遺留分侵害額は、どのような場合でも、遺留分を侵害する財産を貰った人が全員同時に負担するわけではありません。
また、負担割合もどのようになるのか気になりますよね。
そこで、どのように負担することになるのか説明したいと思います。
・被相続人が相続人以外に遺贈(遺言で贈与)し、かつ相続人へ贈与(生前に贈与)していた場合
→相続人以外の受遺者(遺贈で財産を貰った人)から先に負担します。
・被相続人が、複数の人に同時に贈与(生前に贈与)していた場合
→贈与で貰った目的物の価格の割合に応じて負担します。
・被相続人が、複数の人に複数回贈与(生前に贈与)していた場合
→後の贈与(生前贈与)を受けた人から先に負担します。
つまり、直近で貰った人から昔貰った人へ順番を遡るように負担することになります。
以上、今回は改正された、遺留分の制度について、ご説明しました。
侵害した分は「すべてお金で払わないといけない」、というところが遺産の内容によっては相続人を悩ませる結果となる、ということが一番の重要な点になります。
遺言を書く際には、是非その点も注意して作成してください。
遺留分を侵害する内容の遺言が見つかり、その通りに遺産を分けると遺留分をお金で払うのは不可能。土地などの代物弁済で譲渡所得税が課されるのも困る、という場合には、相続人全員の合意及び遺言執行者や遺贈で財産を貰う予定の人の同意も得たうえで、遺言通りに分けるのではなく、遺産分割協議をすることも考えた方がよいかもしれませんね。