「相続放棄」=「遺産をもらわないこと」だと皆さんは認識されているかと思います。
ところで、「わたし、相続放棄することにしたんだ。」などと言っている人を見かけたことはありませんか?
さて、法律の専門家ではない人が言っている、この「相続放棄」は、どのような意味で言っているのでしょうか。
「相続放棄」の2つの意味
「相続放棄」と一口に言いますが、実は2つの意味合いがあります。
一つは、法律上の「相続放棄」です。自己のために相続が開始したことを知ってから3か月以内に家庭裁判所に申述してするものです。
もう一つは、単に「遺産分割で取り分を請求しない。」という意味での「相続放棄」です。
「今いち違いがよく分からないんだけど・・・」と思われた方、もしくは「もらわない場合は『相続放棄する』って家庭裁判所に言えばいいんでしょ?」と考えている方は気をつけてください。
今回は、この「相続放棄」の意味をごっちゃに考えていたためにトラブルになってしまった事例を紹介したいと思います。
誤った「相続放棄」
家族構成は、両親と子が二人。二人の子は独立して両親とは別居しています。父親の財産は自宅とわずかな預金でした。
ある日、父親が亡くなってしまいました。つまり相続人は母親と二人の子です。
二人の子は、母が高齢であるし、預金もわずかしかないこともあって、父親の遺産はすべて母親に相続させようと考えました。
そこで母親に「お父さんの遺産は全部お母さんが継いでね。僕たちは相続放棄するから。」と告げました。
そして、この二人の子は、家庭裁判所に「相続放棄」の申述をしました。
結果、お母さんはお父さんの遺産をすべて相続・・・・できませんでした。
「ん!?」「なんで?」と思いましたか?
実は、父親には、まだ生きている兄妹がいました。
実の子二人が相続放棄をしてしまったので、この父の兄妹が相続人になることになってしまったのです。
どういうことかというと、「相続放棄」を家庭裁判所に申述した結果、実子である二人は「当初から相続人ではない」ことになるのです。
つまり、子二人が相続放棄をした結果、妻である母親と父の兄弟が相続人、ということになりました。
法定相続分での取り分は、妻である母親が4分の3、父の兄妹たちが4分の1。
父の兄妹たちは、「4分の1きっちりよこせ。現金でよこせ。」と言って譲りませんでした。
父の預金が不動産の価値に比べて大幅に少なかったため、父の兄妹に渡す現金を用意するため、母親は、泣く泣く自宅を手放さざるを得なくなってしまいました。
では、そもそもどうすればよかったのでしょうか?
子二人は母親にすべて相続させたかった(つまり、遺産を一切もらわない)のであれば、母親が全財産を承継する内容の「遺産分割協議書」を作成すればよかっただけなのです。
この二人の子は、わざわざ家庭裁判所に「相続放棄」を申述してしまったために余計なトラブルを起こしてしまいました。
「じゃあ撤回すればいいじゃないか。」と思うかもしれませんね。
残念ながら、3か月の期限以内でも、一旦相続放棄してしまうと撤回ができないのです(民法919条第1項)。
家庭裁判所に申述してまでする「相続放棄」は、マイナスの遺産がプラスの財産より多い場合(つまり債務過剰)でなければ、まずすることはありません。
「最初から相続人でなかったことにする『相続放棄』をする」のか、「単に遺産をもらわない意味での『相続放棄』をする」のかで、大きな違いがあることをご理解いただけたでしょうか。