「遺言を作ろう」と考えた時、まず最初に、「自筆証書遺言がよいのか、公正証書遺言がよいのか」、と悩まれる方が多いですね。
確かに、法律上有効に作成されたものであれば、自筆証書遺言も公正証書遺言も、法的効力は変わりません。
また、どちらの方式を取っても、何度でも書き直しは可能です。
そのため「ようするに自分で作るか、お金を払って人に作ってもらうのかの違いでしょ」
と、中には単純に考えている方もいらっしゃるようですね。
そこで今回は、それぞれの違いやメリット・デメリットについて詳しく説明します。
自筆証書遺言
自筆証書遺言は、自分で手書きして作成する遺言書です。
「自分で作成しさえすればいいのだ」と思い込み、パソコンで打ち込んで作成した遺言書を相談時に持ち込まれる方が時々いらっしゃるので、わかっている方は多いと思いますが、繰り返し言います。
自筆証書遺言は「手書き」で作成するものです。
自筆証書遺言については、作成した遺言を法務局に保管してもらう制度ができました。
そこで、遺言書を自分で保管する場合と、法務局で保管してもらう場合とどう変わってくるか、についても説明します。
作成にあたって
作成場所:自宅でもどこでもできる
作成するとき:自分が書きたいと思ったときはいつでも
つまり、いつでもどこでも、思い立ったらすぐ遺言を書くことができるのが自筆証書遺言の一番のメリットですね。
作成方法:遺言書の本文はすべて自分で手書き
自筆証書の場合、本文については、たとえ親子であっても代筆はできません。
ただし、法律改正で、財産目録はパソコンで作成してもよいことになりました。
パソコンで作成する代わりに、預貯金通帳や登記簿謄本のコピーを添付することも認められました。
【様式】
これについては、自分で保管する場合と法務局で保管申請する場合とで違いがあります。
自分で保管:用紙についてとくに指定はない
法務局で保管:紙はA4サイズ、文字が読みづらくなるような模様や彩色があるものは不可、余白指定有り
遺言書の全文、遺言の作成日付け及び遺言者氏名を必ず自分で手書きし、押印するのが自筆証書遺言の要件です。
このほか、民法に書かれた要件を満たせば、自筆証書遺言は有効に成立します。
遺言を書くにあたって用紙の指定はありません。
ところが、法務局で保管を申請する場合には、遺言を書くときに用紙の様式に指定があります。
それにのっとって作成しないと保管申請を受け付けてもらえないので注意が必要です。
【内容のチェック】
自分で保管:なし
法務局で保管:日付や押印もれなど形式面のチェックのみ
法務局で保管申請をしても、形式面のチェックのみで内容のチェックはしてもらえません。
したがって遺言の内容におかしなところがあっても、指摘はしてもらえません。
また、作成するときに不安があって、ちょっと内容を見てもらいたいな、アドバイスが欲しいなと思っても、法務局の保管官は一切アドバイスしてくれません。
保管について
自分で保管する場合と、法務局で保管してくる場合とで、違いが如実に出てくるのがここです。
【保管費用】
自分で保管:自分の好きなところで保管するので無料
法務局で保管:3900円かかる
法務局で保管申請するときに3900円、印紙で支払います。
保管費用を払うのは、預ける時の一度きりですので、何年保管してもらっても3900円です。
【自分で書いた遺言を確認したいとき】
自分で保管:手元に置いているので、いつでも自分で書いた遺言を確認できる
法務局で保管:保管申請時に遺言内容のコピーは貰えないので、閲覧申請する必要がある
自分で保管した場合は、無くした、どこに保管したか忘れてしまった、ということが無い限り、いつでも自分で自分の遺言の中身を確認できます。
一方、法務局に一旦遺言を預けてしまうと、自分の手元には保管番号の掛かれた「保管証」しか残りません。
自分で書いた遺言の内容を確認したいときは、閲覧請求をする必要があります。
閲覧請求には、モニターによる場合は1400円、原本閲覧には1700円かかります。
なので、後でどう遺言を書いたか心配になる可能性のある人、気が変わったら書き直す可能性のある人は、保管申請をする前に、遺言のコピーを取っておくことをお勧めします。
相続開始後
遺言者が亡くなった後、相続人や遺言執行者は、遺言を使ってすぐに相続手続を開始することはできません。
なぜなのか説明したいと思います。
【家庭裁判所の検認】
自分で保管:必要
法務局で保管:不要
保管制度を利用しなかった自筆証書遺言については、家庭裁判所の検認が必要です。
家庭裁判所の検認を受ける前に遺言書を開封することは、法律で禁止されています。
また、検認を受けないと、銀行や相続登記などの手続で遺言書を使いたいと思っても、受け付けてもらえません。
【保管制度を利用した遺言書は?】
保管制度を利用している場合は、家庭裁判所の検認を受ける必要はありません。
しかしながら、遺言を書いた人のところには遺言書が無いので、相続手続を開始する前に、相続人や遺言執行者などが「遺言書情報証明書」を法務局に請求する必要があります。
遺言の保管申請時に、戸籍担当部局と連携して遺言者の死亡の事実を書く印した遺言書保管官から、遺言を書いた本人が希望する一人に遺言書を保管している旨の通知が届くようにしておくことができます。
そのため、遺言の存在が知られないままになることを、あらかじめ防ぐことができます。
ただし、相続人や受遺者の誰か一人が遺言書情報証明書の交付を受けると、遺言書保管官から、他の相続人たちにも遺言書を保管している旨の通知が送られます。
単に遺言書の閲覧をしただけでも、他の相続人たちに遺言書の保管をしている旨の通知が、遺言書保管官から送られます。
【残念ながら信用度が低い】
自筆証書遺言は、公正証書遺言より内容の信用度が低いところがあります。
作成をするときに、公証人や証人といった、遺言を書いた本人と利害関係のない人物の目が入っていないため、「本当に、本人の意思でこのような内容の遺言を作成したのか?」という疑問が残るからです。
また、作成時に第三者のチェックが入っていないため、残念ながら遺言書の内容に不備があることが多いです。
保管制度を利用していない遺言書の場合は、悪意のある相続人による偽造・改ざんがされている可能性も無いとは言い切れません。
こういった事情から、遺言の有効性を巡って相続人間の争いに巻き込まれるのを嫌うため、自筆証書遺言の場合、金融機関は相続手続時の遺言書のチェックに慎重になります。
家庭裁判所の検認手続は遺言書の有効・無効については判断しないため、検認後の自筆証書遺言を金融機関に持ち込んでも、相続人全員の実印での押印と印鑑登録証明書を求められることもあります。
自筆証書遺言のメリット・デメリット
まとめると自筆証書遺言のメリットとデメリットは下記のとおりです。
メリット
・費用がかからない
・いつでも自分の好きな時に作成できる
・保管制度を利用しても数千円しかかからない
・自分が亡くなるまでは、誰にも遺言の内容を知られない
デメリット
・保管制度を利用しても、遺言書の作成にあたり、相談にのってもらったり、アドバイスはもらえない。
・内容面のチェックはしてもらえないので、相続開始後、有効に遺言内容が実現できるか不安が残る
・保管制度を利用しなかった場合、遺言を失くしたり、悪意のある人に遺言を滅失させられる恐れがある
・保管制度を利用しなかった場合、悪意のある人に遺言の内容を一部改ざん・偽造される恐れがある
・保管制度を利用する場合には、病気であっても、足が悪くても、遺言を書いた本人が法務局まで出向かなければいけない
・保管制度を利用した場合、自分の遺言を後で確認したい場合は、保管申請する前に自分でコピーを取っておくか、手数料を払って閲覧請求する必要がある。
・証人や公証人と言った立会人がいないため、本人の遺言作成能力について、一部の相続人や親族から異議が出る可能性が高い
・保管制度を利用した場合、遺言に沿って手続を開始するには、相続人、遺言執行者などが、遺言書情報証明書の交付を請求する必要がある
・保管制度を利用しなかった場合、家庭裁判所の検認を受けないと、遺言書を開封することもできないし、相続手続を開始することもできない
公正証書遺言
では、公正証書遺言だと、どうなってくるでしょうか。
作成にあたって
作成場所:公証役場
原則として公証役場で作成しますが、病気などで公証役場に出向くのが難しい、と言う場合には、出張料を払えば自宅でも病院でも公証人に来てもらうことが可能です。
作成するとき:平日、公証役場の営業時間内
自筆証書と異なり「今日作りたい」と言って、いきなり作成してもらうことはできません。
事前の予約が必要です。
土日祝日は、公証役場は開いていません。
作成方法:2人の証人立会いのもと、公証人が作成する
遺言する人の希望を、公証人が決まった様式で、書面にしてくれます。
したがって、自分自身で遺言の本文を書く必要はありません。
唯一手書きしなければならないのは、署名部分だけです。
作成にあたっては「こういう内容にしたいのだけれど~」と公証人に相談ができます。
保管について
公正証書遺言は、原本、正本、謄本の3通が作成されます。
遺言書の原本は、公証役場で保管されます。
作成費用はかかりますが、保管費用はかかりません。
正本・謄本は、その場で遺言者本人に渡されます。
正本・謄本は、自分で管理するので、いつでも自分の遺言内容を確認できます。
この正本・謄本を失くしてしまったり、悪意のある誰かに捨てられてしまったとしても、手数料を払えば再発行してもらえます。
相続開始後
自筆証書遺言と異なり、家庭裁判所の検認は不要です。
正本・謄本のいずれかを、相続人か遺言執行者にあらかじめ渡しておく、又は保管場所を教えておけば、すぐに相続手続が始められます。
一点、ここで遺言を作成される方に注意しておきたいのですが、遺言書(正本・謄本)を銀行の貸金庫に保管することは避けてください。
銀行の貸金庫は、相続人全員の承諾がないと開けることができません。
そうなると、すぐに相続手続を開始するには、相続人全員の承諾をもらって貸金庫を開けるか、公証役場で遺言書謄本を再発行してもらう、といった手間が発生してしまいます。
公正証書遺言は、その有効性につき、金融機関や役所の信用度が高いので、相続手続も自筆証書遺言に比べてスムーズに進められます。
公正証書遺言のメリット・デメリット
まとめると公正証書遺言のメリット・デメリットは次のとおりです。
メリット
・自分で手書きする必要があるのは署名部分だけなので、字を書くのが大変な人にとっては非常に楽
・作成にあたって遺言内容を見てもらえるので、有効性の高い遺言ができる
・作成にあたって公証人からアドバイスがもらえる
・病気である、足が悪いなどの場合には公証人に出張してもらうことができる
・公証人と二人の証人が立ち会うので、遺言作成能力については一定の担保がある
・相続手続の際、金融機関や役所に提出した際の信用性が高い
・正本・謄本を失くしても、いつでも再発行してもらえる
・すぐに相続手続に入れる
デメリット
・平日、公証役場の営業時間内でないと作成できない
・事前予約が必要
・作成費用が最低でも数万円以上かかる
・作成時に公証人と二人の証人が立ち会うので、遺言の内容を誰にも知られたくない人にとっては煩わしい
まとめ
最後に、①自己保管の自筆証書遺言 ②法務局で保管の自筆証書遺言、③公正証書遺言の3つの違いを表にまとめたものを以下に載せました。
こちらもご覧いただければと思います。
自筆証書遺言 (自己保管) | 自筆証書遺言 (法務局で保管) | 公正証書遺言 | |
作成場所 | 自由 | 自由 | 公証役場 ※出張料がかかるが自宅・病院等に出張してもらうことはできる |
作成できるとき | 自分の好きなとき | 自分の好きなとき | 平日のみ・事前予約が必要 |
自分で手書きする必要が | ある ※財産目録は手書き不要 | ある ※財産目録は手書き不要 | 無い ※手書きするのは署名だけ |
様式の指定 | 特になし | 有り | 有り |
作成費用 | 0円 | 0円 | 数万円~ (財産額・ページ数で変動) |
遺言のチェックをしてもらえるか | 無し | 日付等、形式面のみ | 内容までチェックしてくれる |
証人 | 不要 | 不要 | 2人必要 |
訂正 | 法の定めにそって自分で訂正 | 法の定めにそって自分で訂正 | 公証人が訂正してくれる |
保管場所 | 自分で保管 | 法務局 | 公証役場 |
保管費用 | 0円 | 3900円 | 0円 |
遺言の紛失・滅失の可能性 | 高い | 低い | 低い |
遺言の偽造・改ざんの可能性 | 高い | 低い | 低い |
遺言書の開封時期 | 検認手続まで開封禁止 | 遺言書情報証明書を交付請求 | 自由 |
相続人・受遺者などに対する、遺言を保管しているところからの遺言書を保管している旨の通知 | なし | あり | なし |
家庭裁判所の検認手続 | 必要 | 不要 | 不要 |
遺言執行を始められるまでにかかる期間 | 長い (検認が済むまで手続を始められない) | 検認手続が不要な分、短い | 短い |
以上、今回は、自筆証書遺言、公正証書遺言の違い及びメリット・デメリットについて説明しました。
自分で作成する場合は、どちらが安心か、また使い勝手がよいか、上記を参考にしてご検討いただければと思います。