相続税対策や、孫の学費を援助するため、その他いろいろな理由で、贈与することを考えたり、また、実際に贈与したことはありませんか?
ちょっと例をあげます。
長年連れ添った夫が亡くなり、高齢のお母さんが一人で暮らしていました。
ある日、子どもの一人が実家に帰ってきて、こんな事を言いました。
「お母さん、一人暮らしは寂しいし、大変でしょう。私と一緒に暮らしましょう。」
そう言われて嬉しくなり、これから面倒を見てもらうのだから、と3000万円の現金を子どもにあげました(贈与しました)。
ところが、数年後、ふとしたきっかけで親子の仲が悪くなり、子どもに「やっぱり出て行って。」などと言われ、同居していた家から追い出されてしまいました。
さて、このお母さんは子どもにあげてしまった3000万円を返してもらえるでしょうか?
一緒に暮らして面倒を見てもらうから、多額のお金を上げたのですよね?
約束が違ってしまったのだから、返してほしいですよね?
あなたはどう思いますか?
贈与してしまったお金は返してもらえるのか?
結論から言います。
既にあげてしまったもの(贈与したもの)は、原則として取り返せません。
つまり、残念ながら、上記のお母さんは、お金を返してもらうことができないのです。
もう少し、詳しく正確に説明しましょう。
法律(民法)にはこのように書かれています。
「書面によらない贈与は、各当事者が解除をすることができる。
ただし、履行の終わった部分については、この限りではない。」
(民法550条)
先にお伝えしておきますが、贈与は契約行為の一種です。
そして、「お金をあげるよ」「ありがとう、もらうよ。」という双方の意思表示で成立します。
さて、上記に書いた民法550条では、「書面によらない贈与は、各当事者が解除することができる。」と書いてありますね。
「書面によらない贈与」とは、贈与するにあたり書面(贈与契約書)を作成しないでする贈与です。
家族間ではよくある、「あげるよ」「もらうね」の口約束だけで行うような贈与のことです。
そして「各当事者が解除することができる」ということは、
上記の例で言えば、贈与する側であるお母さん側からも、贈与を受ける側であるお子さん側からも解除ができる、ということです。
つまり、お母さんからは「やっぱりあげないわ。」、子どもの方からは「お金なんていらない。」、と言う事ができるわけです。
ここだけ見れば、お母さんは子どもからお金を返してもらえそうにも見えますね。
親子間の贈与ですから、おそらく、この母子も贈与契約書など作っていないでしょう。
(実際、贈与契約書を作成しないで親子間で贈与しているケースは多々あります。)
でも、続きの文を見てください。
「履行の終わった部分については、この限りではない。」と書いてあります。
「履行の終わった」つまり、贈与してしまった部分については「この限りでない」=「解除できない」のです。
つまり、既にお金をあげてしまった場合には、「やっぱり返して」という事ができないのです。
「やっぱりあなたにお金をあげるのをやめるわ。」と言えるのは、お金をあげる前、ということなのです。
例にあげたお母さんにとっては、哀しい話ですね。
忘恩行為を理由とする贈与の撤回・解除
「じゃあ、絶対に返してもらえないのか?」
というところですが、実際には「援助してあげたのに、裏切られた!あげたものを返してほしい!」という裁判はよくあります。
が、返してもらえる場合についての条件については、法律上の明文がないので、判例では、それぞれの事案により様々な法律構成を取っているようです。
例えば、
・負担付贈与と認定し、負担の不履行があったとして贈与の解除を認めた
・動機の錯誤(つまり贈与しようという動機に誤り)があったとして贈与を無効とした
・信義則(=互いに相手の信頼や期待を裏切らないように誠実に行わなければならないこと)に反したので贈与の撤回を認めた
などです。
いずれにしても、原則は「解除(撤回)不可」。
判例があるとはいえ、裁判で争うにしても費用も時間もかかる話です。
それに裁判で勝たなければ意味がありませんから、現実に返してもらうにはなかなか簡単ではありません。
贈与を考えた際には、「一旦あげてしまったら、返してもらえない」ということを念頭に置いて、本当に贈与するかどうか、慎重に決めてくださいね。