遺言の存在を知らずに遺産分割協議をしたらどうなる?

相続においては、遺言が優先されます。
原則として、相続人に対し「相続させる」「遺贈する」という内容の遺言があった場合には、相続開始後直ちにその遺言は効力を生じて、その相続人に権利が移転してしまうので遺産分割協議をする余地はありません。

しかしながら、遺産の中身が増減していたり、遺言者より先に一部の相続人が死亡するなどして、遺言を作成した当時と事情が変わっていることもありますよね。
遺言者の意向とは異なる分け方をした方が、相続人全員にとって合理的で好ましい、と言う場合もあります。
そのため、遺言があったとしても、相続人全員の合意があれば、遺言とは違う内容の遺産分割協議を成立させることは可能です。

ただし、相続人以外で遺贈で財産をもらうことになっていた人がいる場合や、遺言執行者が相続人以外の人を指名されていた場合などは、これらの人たちの同意ももらう必要があります。

では、そもそも遺言の存在を知らずに遺産分割協議をしてしまった場合にはどうなるのでしょうか?
今回は、この場合について説明したいと思います。

相続人全員が遺言の存在を知らなかった場合

遺産の分割においては、まず遺言の内容が優先されますから、遺言が存在するかどうか、ということは重要です
遺言の内容を知っていたら、そもそも遺産分割協議をすることに同意しなかった相続人がいた可能性もありますよね。

遺言の内容を知っていたら、相続人が遺産分割協議の意思表示をしなかったものと考えられる場合には、意思表示の要素の錯誤(重大な思い違い)により「無効」となる可能性があります。

ただし、常に要素の錯誤で無効となるというわけではないようです。
「その遺言の内容とその遺産分割協議書の内容の相違の程度、その他個々の遺言や遺産分割協議の内容の相違の程度、その他個々の遺言や遺産分割の具体的経緯・事情のもとで、当該遺言の存在と内容を知っていたら、当該遺産分割協議における意思表示をしなかったといえるかどうかを個別具体的に判断する」(最判平成5年12月16日)という裁判例もあります。

つまり、個々の相続において、個別的に判断されるわけですね。

相続人の一人が遺言を隠していた場合

相続人のうちの一人が、遺言を見つけたものの、開けて見てみたら遺言の内容が自分にとって不利なものだったから、と言って、遺言を隠してしまったとします。
そのために他の相続人は、遺言の存在を知らなくて遺産分割協議をした、という場合はどうなるのでしょうか。

この場合、遺産分割協議は「無効」となります。
遺言を隠した相続人は、「相続欠格者」となり、相続人から除かれます。
そして、遺言書の内容にもよるかと思われますが、相続欠格者を除いた相続人で、再度遺産分割協議をすることになるかと思います。
相続欠格とはならなかったとしても、遺産分割協議の結果は、詐欺による取消し、または錯誤により無効となることもあるでしょう。

相続人以外の第三者への遺贈が遺言書内に書かれていた場合

遺言では、相続人以外の第三者へ贈与をすること(遺贈)も可能です。
では、遺言の存在を知らずに遺産分割協議をしてしまった後、見つかった遺言の中に、相続人以外の第三者に対する遺贈があった場合は、どうなるのでしょうか。

遺言がある以上、原則として、遺贈の対象となっていた財産の所有権は、相続開始と同時に受遺者(遺言で財産をもらう人)に移転します。
つまり、他人の財産を含めて遺産分割協議をしてしまっていることになります。

そのため、各相続人は、その相続分に応じて担保責任を負う事になります。
この担保責任は、売買における売主が負う担保責任と同様のものです(民法911条)。

受遺者のものになっていた財産を遺産分割協議で取得した相続人は、結局遺産を取得できないわけですよね。
そこで、この相続人は他の相続人に対して遺産分割協議を解除する必要が出てきます。
さらにその相続人が遺産分割協議時に遺贈の事実を知らなかったときは、他の相続人に対し損害賠償の請求もできることになります(民法561条)。

遺贈が特定遺贈(物を特定して遺贈するもの)でなく、包括遺贈(全部または割合を指定しての遺贈)であった場合には、遺産分割協議は解除ではなく、そもそも「無効」となります。
なぜなら、包括受遺者は、相続人と同一の権利義務を有する(民法990条)とされているからです。
つまり、遺産分割協議をするのであれば、相続人だけでなく、この包括受遺者も必ず入れて協議をしなければいけないのです。
遺言の存在を知らなかったのであれば、当然包括受遺者の存在を知らないわけですから、包括受遺者を除いて遺産分割協議をしていますよね。
したがって「無効」ということになります。

以上、今回は、遺言の存在を知らずに遺産分割協議をしてしまった場合について説明しました。
このような場合、せっかくやった遺産分割協議が無効になる可能性も高いですし、受遺者がいた場合には第三者にも迷惑をかけることにもなりかねない、ということがおわかりいただけたでしょうか。

無用なトラブルを避けるためにも、
「遺言があるかって? 大丈夫、お父さんが書いているわけない」

などと言わずに、相続が開始したら、まずは遺言書を探してくださいね。

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