相続が開始すると、相続人は、単純承認、限定承認、相続放棄と3つのうちいずれかを選びます。
単純承認は、単に遺産を相続する(受取る)ことを指していますので、いわゆる通常の相続の事です。
相続放棄も、「相続を放棄するんだな」ということは字面からも分かるかと思います。
では限定承認とは?
これはあまり聞いたことがない人が多いかと思います。
そこで今回は、この限定承認について説明したいと思います。
限定承認とは
限定承認とは、被相続人の債務(マイナスの財産)がどれほどあるか不明だけれども、プラスの財産が残る可能性もある場合に、相続人が得たプラスの財産の限度で、被相続人の債務(マイナスの財産)を受け継ぐことです。
「お父さんは生前、借金があるようなことを言っていたけれど、実際どのくらいあるのかなあ?」
といった場合に、限定承認をするか相続放棄をするかを考えます。
「借金をすべて払っても、プラスの財産がいくらかでも残るなら相続したい」と考えるのが普通ですよね。
しかしながら、相続放棄をするか限定承認をするか悩んだときに、限定承認の手続を取る相続人はあまりいません。
どうしてなのでしょうか?
手続の流れとともに説明したいと思います。
限定承認の手続の流れ
限定承認の手続のおおまかな流れは以下のとおりです。
① 資産・負債の調査
② 相続の承認又は放棄の期間(熟慮期間)の伸長の申立てをするか否かの判断
③ 共同相続人全員に連絡(相続人全員で限定承認をすることを合意)
④ 限定承認の申述書と相続財産目録の作成
⑤ 家庭裁判所へ限定承認の申述(限定承認の申述書・財産目録等必要書類の提出)
⑥ 限定承認申述受理の審判
⑦ 相続財産管理人の選任
⑧ 準確定申告
⑨ 債権申出の公告・催告
⑩ 鑑定人選任の申立て
⑪ 請求申出を行った相続債権者・受遺者への弁済
⑫ 残余財産の処理など
一通り流れを見てみていかがですか?
結構やることが多いな、と感じたのではないでしょうか?
①~⑤までは、自己のために相続の開始があったことを知ってから(自分が相続人であるということを知ってから)3か月以内に済ませなければなりません。
被相続人が死亡してから3か月以内にプラスの財産とマイナスの財産をすべて把握することは、かなり忙しく感じられると思います。
お葬式の他、その他諸々の手続もしなければなりませんし、相続人全員が仕事を持っているとなると、なかなか調査に手が回らないでしょう。
3か月以内に家庭裁判所に申述することができなさそうであれば、②の相続の承認又は放棄の期間の伸長の申立てをしておく必要があります。
この伸長の申立てもするのであれば相続人全員でする必要があります。
⑤→⑦の間の流れも、ついでに見ておきましょう。
ア 家庭裁判所に限定承認の申述を提出します。
イ 申述書提出後、数日から2週間以内に、家庭裁判所から書類(照会書)が届きます。
ウ 照会書の中身を記載して、家庭裁判所に照会書を返送します。
エ なんら問題が無ければ、家庭裁判所から「限定承認申述受理通知書」が届きます。
オ 相続人が複数の場合、申述書に相続人の誰かを相続財産管理人に選任してほしいか明記しておけば、家庭裁判所が相続財産管理人を指定し、限定承認申述受理通知書と併せて「選任審判書」も届きます。
※申述書に「相続人の誰々が相続財産管理人をやります」と書いておかないと、裁判所が決めた弁護士が選任されてしまいます。
限定承認の必要書類
限定承認の必要書類
限定承認の申述をするために必要な書類は、
・限定承認申述書
・財産目録
・被相続人の除籍・原戸籍謄本(出生から死亡時までのすべての戸籍謄本)、住民票除票
・相続人全員の戸籍謄本
・収入印紙800円
・切手
です。
限定承認が選択されない訳
では、多くの人が限定承認を選択しない理由を見ていきたいと思います。
限定承認の申述は相続人全員で
まず、手続の流れの③のところに、限定承認が選択されない理由となる、最初の関門があります。
限定承認を申述するには、相続人全員でしなければなりません。
一人でも単純承認する相続人がいたら(限定承認に協力してくれない相続人がいたら)、限定承認を選択することができません。
(相続放棄をした相続人は、相続人ではなかったものとみなされるので、相続放棄した人を除いて限定承認の申述をします。)
つまり、相続人全員の意見の一致がなければ、限定承認を選択することができません。
これに対し、相続放棄をするには、他の相続人の同意はいりません。
放棄をしたい人だけで申述できます。
手続が煩雑
限定承認が選択されない理由として次にあげられるのが、手続が煩雑である、というところです。
まず、家庭裁判所に限定承認を申述する際には、調べ上げた財産(遺産)を財産目録に記載しなければなりません。
これに対し、相続放棄をする場合は、財産目録を作成する必要はありません。
作成するのは、相続放棄の申述書だけです。
遺産の調査をして財産目録を作成するのは手間がかかります。
この先に出てくる手続の多さも見て、面倒くさいなと感じて限定承認を選択することをあきらめてしまう相続人が多いのです。
専門家に依頼することもできますが、相続放棄をするか否か悩むような遺産状況ですから、できる限りお金はかけたくないと考えます。
そんなわけで専門家に限定承認の手続を依頼する相続人も、まずいません。
専門家に頼まないとなると、相続財産管理人も相続人の誰かが選ばれるよう申述書に記載しているはずですから、相続手続の流れにおける⑧以降もすべて相続人が自力でやらなければなりません。
参考までに、上記手続の流れ⑧以降の手続の内容を、いくつか説明したいと思います。
⑧ですが、限定承認を行った場合、相続人は準確定申告をしなければならないと法律で定められています。
準確定申告は、被相続人の死亡から4か月以内と期限が決まっています。
期限を過ぎると加算税や延滞税を払わなければならなくなってしまうのです。
とは言え、限定承認の審判が出る前には、準確定申告ができませんので、審判が出たら即刻申告しなければなりません。
※ちなみに②の熟慮期間の伸長を行っていた場合でも、準確定申告の期限は延ばせません。
⑨の債権申出の公告とは、官報に「限定承認をしました。被相続人の債権者は申し出てください。」といった内容の文面を載せてもらうことです。
(これ以外に、一定の期間に申し出てくれないと弁済しませんよ、といった内容も付け加えます。正式な文面は、もっと硬い文面です。わかりやすく説明するため、ここでは砕けた文で書いています。)
限定承認の審判が出たあと、5日以内に公告しなければなりませんので、急がなければなりません。
また官報に載せてもらうには、官報掲載料を支払う必要があります。
催告とは、既にわかっている債権者(銀行など)に個別に連絡することです。
このほか、審判が出たら、速やかに銀行に行って、遺産集約のための口座も作ってもらわなければなりません。
(口座名義は、被相続人〇〇、相続財産管理人△△、といった感じです。)
債権者らに弁済をするにあたり、遺産を売却する必要があるときには、競売にかけなければなりません(民法932条)。
※実務上は、競売ではなく、債権者・受遺者の同意を得て任意売却で対応することが多いです。
競売にかけると、相続人は被相続人の遺産をすべて手放さなければなりませんが、自宅など手放したくない遺産も中にはありますよね。
そのようなときには、相続人は競売より先に、欲しい遺産を買う権利を行使することができるのです。
これを先買権と言います。
ただし、先買権を行使する場合には、裁判所が選任した鑑定人が鑑定した価格を支払う必要があります。
これが、⑩で出てくる鑑定人です。
つまり、先買権を行使するためには、鑑定人選任の申立ても相続人がやらなければならないのです。
税金面でも厄介
更に、税金面でも厄介なところがあります。
まず、上記の⑧の手続のところでも説明しましたが、限定承認をすると準確定申告をしなければなりません。
また限定承認の場合、遺産の中に含み益のある財産があると、相続開始時点で譲渡を行ったものとみなされ、譲渡所得税が課される可能性があるのです。(ただし後で修正申告は可能です。)
※含み益とは、不動産や株など価格変動のある資産を市場価格で計算したときに利益が出ている状況を言います。
以上、今回は限定承認について、一通りご紹介しました。
限定承認が選択するのは意外とハードルが高いということが、お分かりいただけたでしょうか?
また限定承認には、期限があり、相続手続がかなり忙しくなることもお分かりいただけたでしょうか?
相続が開始して、万一、相続放棄か限定承認を選ばざるを得ない状況にあることが判明し、どちらを選ぶべきか迷った場合には、速やかにお近くの専門家に相談してくださいね。